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2020年10月15日

米沢探訪


みなさまこんにちは、店長のあべです。


昨日の休みに、我が社の同志ふたりと3人で、

米沢を探訪してきました。


わたしは初・米沢。


米沢と言えばやはり上杉。


春日山から越後を治め、

会津を経て米沢に移った上杉家。


戦国時代真っ只中の本拠地だった新潟県内(上越)より、

むしろたくさんの史跡が残る米沢。

ぜひ訪れたい場所でしたので、念願がかないました。


最初に向かったのは、米沢藩の上杉家歴代藩主が眠る、
上杉家廟所 (1).jpg


上杉家廟所 (4).jpg
杉木に囲まれた中に建ち並ぶ、歴代藩主の墓所です。

荘厳な雰囲気。

上杉家廟所 (3).jpg
中央の一段奥まったところに祀られているのが、

藩祖といえる上杉謙信の墓所。

その手前左にあるのが謙信の跡を継いだ

初代藩主・上杉景勝のものです。


何度も写真やネットでみてましたが、

ようやく来ることができました。


つづいて、米沢城址に移動し、

伝国の杜 (2).jpg

伝国の杜 (1).jpg


上杉家にまつわる数々の展示や、

上杉鷹山公のショートムービーまでやってて

たいへん勉強になりました。


3人仲よく?米沢牛ランチで腹を満たして、午後の部へ。

米沢城址周辺には、伝国の杜をはじめ、

みどころがたくさん集まっているんで、

徒歩でまとめて楽しめます。

松岬神社.jpg
名君・上杉鷹山公が祀られた松岬神社

を前に、なにかを祈るK内君。


堀を渡り、上杉神社の参道へ。
上杉神社 (1).jpg


堀を渡った左手の丘には御堂跡と、招魂碑。
御堂跡 招魂碑.jpg
左手の柵に囲まれた場所が御堂跡。

かつて上杉謙信の遺骸が納められていたという御堂。

いまは石碑が建つのみですが、

どこか神聖な雰囲気が漂います。


右の大きな石碑が招魂碑。

こちらは幕末、戊辰戦争と

明治に入っての最後の内戦、西南戦争の

戦死者の慰霊のために建てられたそうです。

西南戦争の翌年明治11年の建立ですから、

いまから140年以上前になります。


上杉神社への道中には、
上杉謙信.jpg
上杉謙信に、


上杉鷹山像.jpg
上杉鷹山、

天地人.jpg
天地人の上杉景勝と直江兼続主従。


上杉家オールスターズですね。


いよいよ上杉神社。
上杉神社 (2).jpg

上杉神社 (4).jpg

上杉神社 (3).jpg

戦国、幕末の激動を経て成ったいまの世が

変わらず平和でありますように。

今を生きるみんなが安心して安全に暮らせて、

やりたいこと、やるべきことに全力を発揮できますように。


偉大な先人たちに見守っていただけるよう

お祈りしてきました。


その後、堂森善光寺へ。
堂森善光寺 (4).jpg
漫画でおなじみ、

前田慶次郎の供養塔が建つお寺です。


仁王門 金剛力士像.jpg
仁王門の立派な金剛力士像がお出迎え。

堂森善光寺 (1).jpg

堂森善光寺 (2).jpg
そしてこちらがお目当ての前田慶次郎供養塔。


天下御免の傾奇者と言われた前田慶次は、

義に厚い上杉家を慕い、最後まで忠節を尽くしました。


陣羽織や兜のコスプレ?も体験できて、

3人とも大満足。


米沢城址に再び戻り、

最後はわたしがどうしても行きたかった上杉伯爵邸へ。
上杉伯爵邸 (1).jpg

上杉伯爵邸 (2).jpg
素晴らしい。


中は食事やカフェなんかもたのしめるようになっているのですが、

この日はあいにく休館日で、庭園からながめるのみ。

それでも十分な存在感で、行った甲斐がありました。

中はまたの機会に。



時間も限られていた中、だいぶ欲張ったので、

メジャーな名所をさらっと味わう感じでしたが、

十分によい旅になりました。


しかし、史跡も食も温泉も、

米沢の魅力はまだまだこんなものじゃないでしょうから、

次回に持ち越しです。



それではまた。


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posted by hirose at 21:46| 新潟 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする